孤独のビート。

どうしようもなく寂しくて、自分がひとりぼっちで、助けもない、寒い。そんな気持ちに文学的な名前をつけたのが「孤独」なんだと思う。

 

自分と周囲の関わりが見えなくなるくらい、霧が深くなっている。ひょっとしたらそれだけのことなのかも知れないのに、深刻になる。

でも、ひとりぼっちなんてのは錯覚。俺たちは実に色んな人たちのお世話になって生きている。コンビニにも、ファミレスにも、それはある。

 

ステージで音楽を演奏していると、時々見えなくなる事がある。

とても楽しい筈なのに、ふっと覆いかぶさる不安。

 

 

自分の演奏は良いのか悪いのか。

悪い方に進んでいるのに気づけていないだけなんじゃないか。

俺はいま。外しているんじゃないか。

 

 

漠然とした不安は、自分が孤独であるかのような錯覚をもたらす。

 

 

だけどその度に、もの凄いビートや、つんざくようなギターの音で、一発で目を覚ます。祐介や、上村の音で我に返る。

 

 

そう、やっぱり孤独は錯覚さ。見えないならば、聴けばいい。

 

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