はじめてのベーシスト

梅雨に入るか入らないかのこの時期は緑がとてもきれい。そんな美しい緑色に包まれていた飯田橋を、今から16年前の僕は走っていた。大学の部室(僕らはボックスと呼んでいた活動場所)を目指して。ビッグバンドジャズのクラブと共有だったので酷く狭い。地下二階。風通しが悪くて、日当り最悪でカビ臭い。しかも一年中、蚊がうようよしている。そんなの僕らのスタジオに先輩を待たせていたのだ。

 

 

楽器初心者の僕がベースとしてはじめて組んでいただいたバンドの練習の日だった。僕はゼミ合宿で三浦からそのまま一目散に飯田橋に向かっていた。京急の乗り継ぎに失敗し、携帯も一般的ではないため、遅刻の連絡もできない。とにかく偉大な先輩方に不快な思いをさせたくない一心だった。

 

 

ドラムのI先輩は、僕が楽器を手に取る直接的なきっかけになったスーパードラマー。ギターのO先輩はいつも飄々としているけど、気合の入ったマルチプレイヤー。ボーカルのM先輩は韓国からの留学生で、アメリカ仕込みの英語と軍隊仕込みの強靭な肉体、そして伸びやかなハイトーンを持つ朗らかな兄貴分。

 

 

対してベースの僕は、完全なる初心者。ベースなんて弾いたこともない。弾きたい気持ちでいたけど、初心者のベースなんてはっきりいって足手まとい。でも、この熱い先輩達は、それでもいいと一緒にやってくれた。7月には、お披露目の場も用意されていた。僕にとって、ベースでは初めてのライブ。曲は、全て僕のセレクトで良いと仰ってくれた。だから、僕は当時好きだったHR/HMの神髄を示さんと、セットリストを組んだのだった。

朧げな記憶の中のセットリスト・・・

1、Bark at the Moon(オジー・オズボーン)

2、 Little Dolls(オジー・オズボーン)

3、Believer(オジー・オズボーン)

4、S.A.T.O(オジー・オズボーン)

5、Burn(ディープパープル)

6、Storm Bringer(ディープパープル)

初心者には無謀過ぎるセットリスト。でも、この先輩達と、これがやりたかった。足手まといになりたくないから、本当に指がすり切れるくらい練習した。曲もいっぱい聞いた。何もかも上手く弾けない。でも、ライブの日も近づいている。先輩達の前で、みっともない姿は見せたくない。何よりも、弾きたくて弾きたくて仕方ない。先輩達と一緒に音が出せる事が、楽しいし、辛いし、嬉しいし、厳しいし、幸せだった。

 

 

ちょうど今くらいの時期が、初めてバンドで合わせた時期だった。

 

 

20歳になって楽器始めるって、遅いのかも知れないけど、あのドキドキ感とか、緊張感、もどかしさ、集中力。全てを克明に覚えていられる。深みを増した緑色の世界でS.A.T.Oを聴けば、一発であの頃の気持ちに戻れる。

 

 

そこから数えて16年。ヴードゥー・ダック・スターズでも、相変わらずドキドキ感とか、緊張感、もどかしさ・・・やっぱり同じような気持ちが続いている。そして、もっと上手く弾きたい、バンドのベーシストとして上手くなりたいって想いも続いている。

 

 

緑色の世界を見たら、思い出しちゃった!ってお話でした。

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若き日の誇り

土曜日のJK君の送別会が日曜の朝になっても終わらず、不思議な成り行きを経て六大学野球を観に行くことに。

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久しぶりの神宮。聖地の空気は、いつきても気持ちが良い。

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目当ての試合は、法政対明治の「伝統の一戦」。我々は法政側に陣取る。

 

 

 

ヴードゥ・ダック・スターズと法政は関わりが深い。簡単な話、僕と祐介の母校なのだ。上村と知り合ったのも大学の頃。7/20に出てくれるザ・カンツは僕が大学の頃に在籍していたこともあるバンドだし、あのバンドのギターボーカルのエディ君は大学で同じサークルにいた。ここから全て始まったといっていい。

 

 

 

 

勝てば法政の優勝が決まる一戦。これで熱くならない訳は無い。試合はのっけから打撃戦の様相。法政が先制すれば明治も追いつくというもの凄い試合内容だった。

 

 

さて、六大学野球はじっと落ち着いてみるのもいいのだが、やはり声を張り上げ、思い切り熱くなって応援するのが醍醐味。各校、独特の応援歌やスタイルがあり、どういうわけかこれを各世代分け隔てなく継承している。これが不思議なグルーヴを生み出す。グルーヴの中心には、大学スポーツの「華」応援団がいる。最近じゃめっきり部員少なくなってしまったが、法政大学応援団はまだまだ健在。恐らく平成生まれのリーダー達が、声を枯らして客席を盛り上げる。

 

 

 

試合は残念ながら引き分け。楽しみが少し先に延びた格好だ。

 

 

 

 

でも、ここに来るというのは、勝負の結果以上の何かがあるからっていうこと、久しぶりに思い出した。知らない先輩や後輩と肩を組み、力の限り声を出して校歌を唄う。これだけでも、なんだか満たされてしまう自分がいる。久しぶりの神宮は、本当に熱かった。

 

 

 

UVケアをしなかったのは最大の不覚だったが(笑)


sit on a silver seet

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今日は、JK君の送別会。買い出しのため銀座の岩手県のアンテナショップに行ってきたのでした。

 

 

ここは素晴らしい。銀座のど真ん中にあるアンテナショップだけあって、品揃えが豊富。盛岡で飲んだお酒や、食べたものが所狭しと並んでいる。ぴょんぴょん舎の冷麺も、じゃじゃ麺も、日本酒も、ここなら容易に手にはいる。

 

 

 

 

今夜のために諸々仕入れた。あとは練習したり、お掃除したりお片づけすれば時間になるだろう。体調もばっちり。いい夜になるでしょう。

 

 


ちょっとした薬抜きみたいな

土曜の朝は大体スパゲ。好物のひとつ。土曜の朝は、これを丹念に茹でるところから始まる。

味は様々だけど、押し並べて「辛い」。唐辛子で言えば、種も入れて五本は使う。これが僕の常識でした。

でもいまはもう一本でも十分と思う。

辛いものがいつから好きになったかはおぼえてないが、この四年は多食していた。平日の朝食にも唐辛子。休みの日にも唐辛子。几帳面に毎日欠かさず唐辛子。

そんな暮らしに転機が訪れたのは今年の四月頃。故あってちょっと内臓の具合が悪くなったので、休めるつもりで唐辛子断ちをした。最初は一週間とかでカプサイシン世界に復帰するつもりだったのが、芳しくないので二週間くらい抜いたころから、自分に変化が起きているのがわかった。

特に味覚が劇的に鋭くなった。

唐辛子の刺激は、味を感知する器官である味蕾を痛めつけ、破壊する。唐辛子をやめたことで、回復したのだ。五月ぐらいに入って、食べ物の好みが変わったのは、単純にわからなかった味が分かるようになったからなんだろう。

そもそも、辛味という味覚は存在しない。単なる痛みなのだ。辛いものを食べて気持ち良いと思うのは、「ドーパミン」の快感なのだ。ドーパミンは、脳内麻薬なんて別名もある。痛みを緩和するために脳が出す物質のこと。

辛いものを習慣的に摂取してきた僕は、いわば脳内麻薬に依存してきた、ということだ。薬物依存と大差は無い、なんて方向で考えると暗澹たる気持ちになっちゃうけど、まあそれはそれで仕方ない。

幸い味覚は順調に回復しているし、辛いものを特別欲しい気分も無い。お酒も食べ物も、霧が晴れたように味がよく分かる。

一瞬の刺激欲しさで犠牲にしてきた感覚の何と多いことか(笑)

もう、あの頃には戻らないぞ!


生への渇望

以前のブログで、ヒトデの捕食シーンが面白いというようなことを書いた。ということで、今日は生き物の捕食シーンのお話。僕は、生き物の捕食シーンが大好きだ。エログロ的な意味では無く、単純に興味深いものとして。クラゲやヒトデ、ウニには口があるようには見え無い。でも、口がない訳じゃない。人間には想像もつかないとこに付いているのだ。

 

 

 

 

※ここから先は、生物の生々しい姿が続きます。苦手なヒトは、動画は見ないようにしてください。

 

 

 

 

 

例えば、これはクラゲの補食シーン。

カツオノエボシという強力な毒を持つクラゲです。あの触手(刺胞)をだらりんとすると、小魚がひっかかる。小魚は、毒でやられてうごけなくなり、じっくりとクラゲがお召し上がりになる、という仕組みです。全身胃袋みたいなものなので、体中でゆっくり取り込むというスタイルですね。

 

 

 

ところで、クラゲが捕食されるシーンというのはあまり見かけたことが無いと思います。クラゲはマンボウやカワハギの好物というのは有名ですが、ウミガメもクラゲは好物のようです。そのお食事は非常に豪快。

食いちぎる。とにかく、食いちぎる。ワイルドそのものです。

さて、僕の大好きなヒトデの捕食シーンですが・・・

そう、ものすごく「生々しい」のです。食べ方は「胃を体外に出して、胃で覆い、身体に引きずりこむ」胃が体の外に出るなんて発想、どう考えても人間じゃ考えられないですよね?エネルギー摂取の最高の形としてヒトデが選んだのが「胃ごと使う」ってわけです。創意工夫なんてレベルの話じゃないですね。

 

 

 

ヒトデといえば、珊瑚の天敵オニヒトデは有名ですが、その天敵のひとつに、あのホラガイがいます。山伏が威勢良く鳴らすあれですが、生き物としては非常に面白いのです。キス・イートという独特の方法で、オニヒトデを捕食します。残念ながら動画は無いのですが・・・

 

http://age-world.mo-blog.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/tejuku6.jpg

 

 

・・・なんだかわからないですよね。

実はホラガイは、オニヒトデの「口」に、自分の「口」を突っ込みッ!中身をッ!吸い取るッッ!という、世にも恐ろしい食べ方をするのです!!!!!

 

 

これは、本当にびっくりでした。ホラガイって、そもそも生き物のイメージ薄い(どちらかと言えば楽器)ですが、生ある時のその生々しさたるや・・・正直、クリオネの比じゃないです(笑)

 

前言撤回。負けず劣らず。

 

 

食べることは命に直結しているので、それが「奇麗」になされるなんていうのは人間くらいのものだと思う。それはそれで価値があることだけど、こういう生き物達の捕食シーンを見ると、生命本来のどん欲さとか、力強さが不思議と伝わってくるようです。その点が興味深いと感じるのかも知れないですね。

 


「生きている化石」(音楽編)

「化石」は、生き物の肉体が、死後に成分が鉱物と置換してその痕跡を留めたもの。鉱石として地球と一体化した生き物という言い方もできると思う。

 

 

ザ・ブルーハーツというバンドがある。

僕は13歳の頃に彼らの「音」を初めて聴いて、衝撃を受けた。世界がひっくり返った。僕にとっての天地開闢は、まさしくこの「音」から始まる。僕は、ここから始まった。

やがて、ディープパープルに出会った。

高校生の頃に聴いた。パンクしか無かった僕の音楽の中にHR/HMの嵐を巻き起こした。「テクニカル」という概念でこのバンドを捉えるのは後付けで、とにかく「激しい」「カッコいい」という単純化された捉え方だった。これはもの凄く大きな出会いだった。音楽と日本語が切り離された。世界が一気に広がった。そこから19歳くらいまで、御茶ノ水でCDを漁る日々が続く。探し物は、主にDPのブートだけど、関係のありそうなものは片っ端から聴いた。中にはたまたま「同じスタジオでレコーディングしていた」とか、「ドラムセットが同じものを使用した」なんていうものにまで手を伸ばした。伊藤政則氏が現人神として君臨していた時代だった。いつのまにか、バンドをやりたいと思うようにもなっていた。

そして、ザ・フーに出会った。

ハードロックに傾倒していた時代に偶然「Who’s next」を手にいれた。最初は何だか分からなくて、一回聴いたら後はそのまま。聴かずに放置していた。二十歳くらいのとき、一瞬ハードロック系への傾倒がやや薄らいだとき、何と無く聴いて自らの不明を恥じた。こんなすごいものを放置していたなんて。このバンドでベースを弾いているヒト(ジョン・エントウィッスル)に産まれて始めての「憬れ」を感じた。

 

 

そして今に至る。

 

 

様々な経験が降り積もってできた地層のようになった「感性」は、これ以外にも数えきれ無い音楽が体積して出来ている。その中に、自分と一体化したけど、明らかにその形をとどめたものが見え隠れしている。しかも、それはフレーズや曲を通じて外界ににじみ出る。ときにはほぼ「そのまんま」出てくることが多いと感じている。

 

 

昔は、それは恥ずべきことのように思っていた。オリジナリティが無い事と同義のように思えて。でも、それはカンチガイだった。「そのまんま」かも知れないけど、それは確かに自分の中にある。言わば、「音楽の化石」なのだ。どこまでいっても自分は自分。価値観が変わるくらいの影響を受けた「音」は、自分の中で生き続けるものだった。

 

 

僕は、ヴードゥー・ダック・スターズで始めて曲を出し、今も何曲か仕込んでいる。自分だから気がつく「そのまんま」は本当に多い。当然、オリジナリティは追求したいけど、一方でこの発掘みたいな作業が真新しくて、面白い。昔の自分をちょっと可愛いと想いつつ(笑)

 


生きている化石

 

この表現が子どもの頃から大好きで、こういう冠をいただいた動物たちのことをよく調べていた。

憬れますよね?化石が生きているなんて。

ということで、今回はマイ・フェイバリット生きている化石特集。

ちなみに「生きている化石」って言ってもジャンルがあるらしいのですが、真面目に語りだすと難しいのでパス。大昔から姿が変わっていないリビングレジェンドという捉え方でここは行きます。難しいことはウィキペディアとかを見てください。

 

さて、僕が子どもの頃、最初に「生きている化石」として印象深かった生き物が

オカピ。シマウマの仲間だと最初は思われていたそうですが、実はキリンの仲間だとか。

キリンは誰でも知っているこのお姿。

似ても似つかないですよね。

実はキリンの首って、サバンナの暮らしに適応すべく進化したもので、長いことによって高い樹上の葉っぱを食べるそうです。対してオカピは森の中で暮らしているので、首が長くなる必要は無かったとか。実際、いろんな身体の特徴は、共通点があるそうです。

さて、徹頭徹尾「変わらない」と言えばこの生き物。

そう、ヒトデ。全然希少性は無いのですが、実はこの生き物も「生きている化石」と呼んで差し支えの無い存在なんですよ。その証拠に、大昔からその姿形をほとんど変えていないのです。

これはヒトデの化石。ヒトデは今から約4億年前のオルドビス紀に登場した生き物で、その頃から姿形が全く変わっていないのです。この化石は、まさにオルドビス紀の地層から出土したものだそうです。オカピで生きている化石の洗礼を浴びた僕は、ヒトデで驚きました。

・・・その余りの扱いの違いに(笑)

全然、貴重がられない。生きている化石という有り難い称号とは、まるで無縁な存在。太古の海でも、風景と同化している存在感は健在だったのでしょう。(尚、今回の内容とは関係ないので割愛するが、ヒトデの補食シーンは非常に面白いので、今度語ります。)

 

ヒトデと同じ立ち位置をキープしている生き物としては、ゴキブリ、トンボ、イチョウなんていう名前があがります。これらの生き物も、やはり古代からほとんどフォルムを変えないで暮らしているそうです。ただし、太古のものって全てが大味みたいで、ゴキブリやトンボも、化石の中の彼らは原生種よりもずっと巨大だったそうです。

 

ということで、今日はおしまい。今後とも、生きている化石と、ヴードゥー・ダック・スターズを宜しくお願いします!