今日の夢

今日見てきたことが悪い夢であったらと、どれだけの人が思ったことか。
僕は昨日から岩手県の大船渡市に来ている。
東京にいたら分からない、惨事の生々しい傷跡はとても深い。

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ひしゃげたガードレールや捻じ曲がったまま錆びた鉄棒、むき出しの表土。
全てがあの日のまま。

まだまだ始まってすらいなかったんだ。
なんだかなあ・・・な重たい気持ち。

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お好み焼きの作り方を英語で説明してみよう。(ある外来語嫌いに寄せて)

お好み焼きの作り方を英語で外国の人に説明してみろ、と言われて実際に伝えるのはとても難しい。

我ながらこんな想像から入るのは、やや飛躍しすぎとも思うが、外国の人に自分が知っている言葉だけで何かの手順を説明し、かつ理解につなげたとき、それに関する手順と説明の手法はは完全に自分のものになる。これは自分自身経験と自分が深く関わったある人の事例によって確信を持っている。
相手に寄り添って、かつ分かりやすく説明できないと理解は得られない。それは道具を日本語にしようと英語にしようと変わらない。
ただそうやって外国の人と相対すると、自分がいかに言葉を知らないかよく分かる。
だからせめて日本人同士で通じる言葉についてくらいは可能な限りたくさん知っておいて、使い分けできることを心がけておくことが大事だと思っている。
日本人同士であれば使える言葉は多いし、相手の状況を察してより適切な言葉を選びやすい。説明において外来語が良い相手だと判断された場合には外来語で、日本語の方が良い場合には日本語。選べば良い。

もちろん言い換えが難しい場合もある。
概念や物質と言葉が同時に海外から移入されたものは、日本語による置き換えがなされていないことがあるから。マヨネーズはマヨネーズでしかないし、ソースはソースとしか言いようが無い。

日本語に言い換えた瞬間、表現が重たくなるものもある。リスク=危険性とか、ガバナンス=統治とか。

言葉は産まれた場所によって持つ意味が少しづつ異なるし、響きや文字面という要素もある。
文字で起こすのと話すのとでは用途が違うからどこでもひとつの言い回しで通じない。白か黒かでは断じられない問題なのだと思うのです。

外来語で言いっぱなしっていうのは愚の骨頂。言葉を知らない人のやること。しかしながら外来語の否やに足を取られて柔軟な言い換えができないのも、結局は同じこと。

言葉には極力予断を持たず、自由に使えるよう心がけておくべきであって、一概に外来語だから批判に値する、という考え方は遠ざけるべきと僕は考えるのです。


2014

ども。皆様、こんばんは。ヴードゥー・ダック・スターズのベース弾きです。皆様、どんな体勢で正月をお過ごしでしたか?僕は「旅する日々」から数えてこんな日々を過ごしました。

 

12/27 仕事納め→発熱と悪寒のため病人に擬態する。

12/28 素敵なお客様あり。薄めのお湯割りで失礼なく応対するが、21時過ぎに昨夜の悪寒が帰宅したため、一日を終えてしまう。

12/29 ラーメン食って本を買って寝る。

12/30 夜、 大学時代の素敵な先輩方と忘年会。楽しかった!が、独りになった瞬間悪寒に取り付かれ、一日を終える。

12/31 遅まきながら年末の準備。夜はジルベスターコンサートを観て感動する。

1/1 初詣の後、埼玉県北本市に帰省。このあたりから体調うなぎ上り。

1/2 昼は箱根駅伝(往路)をテレビで観る。母校の勇戦ぶりに熱が上がる。夜は楽しい後輩たちと大騒ぎ。

1/3 昼は箱根駅伝(復路)。母校の潔い逆転負けに脱力。以降、記憶喪失。

1/4 あけおめセッション

1/5 ふらつく

 

休みに入る前は労働に時間を費やさざるを得なくて、練習や自分の時間が奪われていた。あり得ないくらいフラストレーションが溜まったけど、多少は借りを返せたか。特に12/29にまとめ買いした本やクラシックを多少は堪能する機会を確保できたことは有意義だった。

中で印象的だった本。

詩を読む人のために (三好達治著、岩波文庫刊)

詩人の三好達治さんが詩をはじめて読む人向けに書いた本。詩人が様々な詩人の作品を例に挙げて読み解き方とかをわかりやすく伝える、というアプローチも面白いし、内容も本当にわかりやすかった。多分ここから色々広がって行く。そんな幸せな手応えを得られた一冊でした。

心病める人たち―開かれた精神医療へ (石川信義著、岩波新書刊)

ちょっと昔の本。こっち方面への問題意識もあるもので・・・。精神科医自身が綴る失望と戦いの体験と、日本の精神医療の「構造的な問題」を告発する問題作。読み進むにつれ、僕の気持ちがダークサイドに落ちて行く音が聴こえたが、その「感覚」こそ真実に対する理解の手がかり、と少し時間を経て思う。作者がこの本に込めた思いには、真摯に向き合えたかな?ざっくばらんであっけらかんとした著者の「語り口」には救われる想いがした。

他には中原中也の詩集とか、論語とか。選は今まで自分が触れて来た音楽や文芸作品、或は社会そのものについて、もっと深いところで理解したいという至極単純な欲求に基づいている。従って作品に取り留めはないが、この知識の海にしばし惑溺したいというのが目下の純粋な欲望。知識の苗床から咲く花の名前よりも、土壌を豊かにすることに関心がある。そんなところでしょうか。

 

というわけで、2014年はひとまずスタートしました。ヴードゥー・ダック・スターズは、今はメンバーがそれぞれの局地戦のただ中にある状況ですが、それをしっかり片付けて、一人一人がさらに強くなって戻る予定です。さらにドデカクてぶっとい音を出せるようになるので、その姿を心待ちにしていてください。

今年も、よろしく!!!!!

 

 

 


2013年のまとめ

WordPress.com 統計チームは、2013年のあなたのブログの年間まとめレポートを用意しました。

概要はこちらです。

ニューヨーク市の地下鉄には1,200人が乗車できます。2013にこのブログは約4,500回表示されました。ニューヨークの地下鉄に置き換えると、約4台分になります。

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