お好み焼きの作り方を英語で説明してみよう。(ある外来語嫌いに寄せて)

お好み焼きの作り方を英語で外国の人に説明してみろ、と言われて実際に伝えるのはとても難しい。

我ながらこんな想像から入るのは、やや飛躍しすぎとも思うが、外国の人に自分が知っている言葉だけで何かの手順を説明し、かつ理解につなげたとき、それに関する手順と説明の手法はは完全に自分のものになる。これは自分自身経験と自分が深く関わったある人の事例によって確信を持っている。
相手に寄り添って、かつ分かりやすく説明できないと理解は得られない。それは道具を日本語にしようと英語にしようと変わらない。
ただそうやって外国の人と相対すると、自分がいかに言葉を知らないかよく分かる。
だからせめて日本人同士で通じる言葉についてくらいは可能な限りたくさん知っておいて、使い分けできることを心がけておくことが大事だと思っている。
日本人同士であれば使える言葉は多いし、相手の状況を察してより適切な言葉を選びやすい。説明において外来語が良い相手だと判断された場合には外来語で、日本語の方が良い場合には日本語。選べば良い。

もちろん言い換えが難しい場合もある。
概念や物質と言葉が同時に海外から移入されたものは、日本語による置き換えがなされていないことがあるから。マヨネーズはマヨネーズでしかないし、ソースはソースとしか言いようが無い。

日本語に言い換えた瞬間、表現が重たくなるものもある。リスク=危険性とか、ガバナンス=統治とか。

言葉は産まれた場所によって持つ意味が少しづつ異なるし、響きや文字面という要素もある。
文字で起こすのと話すのとでは用途が違うからどこでもひとつの言い回しで通じない。白か黒かでは断じられない問題なのだと思うのです。

外来語で言いっぱなしっていうのは愚の骨頂。言葉を知らない人のやること。しかしながら外来語の否やに足を取られて柔軟な言い換えができないのも、結局は同じこと。

言葉には極力予断を持たず、自由に使えるよう心がけておくべきであって、一概に外来語だから批判に値する、という考え方は遠ざけるべきと僕は考えるのです。

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