世界の真ん中 – THE BLUE HEARTS

久しぶりの連日更新。突然の新コーナー、「好きな曲」シリーズ第一回!

このコーナーでは、俺たちの誰かが「好きだぜこの曲」っていうのを語ります。

ということで第一回は

「世界の真ん中」(THE BLUE HEARTS)

 

 

「世界の真ん中」は、このアルバムの中で俺が一番好きな曲。出会いは13歳。当時仲の良かった友人のS君に教わった。

S君はヤンキーだった。対する俺は、普通の中学生。だが、不思議とウマがあって、良く二人でふらふらしてた。変な髪型のガキと普通のガキ。ミスマッチな二人。彼はヤンキーだから喧嘩もする。けど、暴れた後に後悔しているのを何度となく見た。人を傷つけてしまう自分に自己嫌悪を催す。凶暴な自分と繊細な自分が混沌としている男だった。

そんな奴がある時貸してくれたのがTHE BLUE HEARTSの「THE BLUE HEARTS」。彼曰く「すっげぇいいよ、何度も泣いた。俺の宝物だ。割ったら殺す」(最後の一言さえ無ければいいことを言ったのに、という感想を持ったのはいうまでもない)ということなので、早速家で聴いた。

S君の言うことは、間違っていなかった。「音楽で泣く」という経験ははじめてだった。あっという間に好きになって何度もリピートした。その度に、感動した。中でも何度も聴いたのが「世界の真ん中」だった。

まだ曲がどうとかそういう聴き方できない時期だったから、歌詞・言葉がダイレクトに響いた。

 

朝の光が 待てなくて 眠れない夜もあった
朝の光が 待てなくて 間違った事もやった
僕が生まれた所が世界の片隅なのか
誰の上にだって お日様は昇るんだ
川の流れの激しさに 足元がふるえている
燃える炎の厳しさに 足元がふるえている
僕が今見ているのが世界の片隅なのか
いくら捜したって そんな所はない
うまくいかない時 死にたい時もある
世界のまん中で生きてゆくためには
生きるという事に 命をかけてみたい
歴史が始まる前 人はケダモノだった

 

朝の光が待てない自分。生きる意味とか考えてもよく分からない自分。とにかくデカすぎる世界を何となく感じる時。狂おしい時代。13歳の俺。25年経ったけどよく覚えている。この歌聴いて、自分の心みたいなものが沸騰した。うぉおってなった。世界がオールカラーになったように感じた。聴くと今でもそうなる。刻まれている。

 

俺、ここからはじまった。音楽大好きになった。んで今でも色んなの手当たり次第聴いている。最高の出会い。

 

力強い歌。強烈な衝動。興味があれば是非。

 

 

 

 

 

 

※以下こぼれ話。

S君とは中学卒業後、疎遠になる。彼は中学出て早々に勤めて忙しくしてた。でも、地元の駅前とかでたまに会うと「おお」とか「よお」と話す。お互い、昔からあんまり喋らない。結婚して子供もいるらしい。昔と変わらない照れ臭そうな笑顔。そしてとても良い「男」の顔。彼が「世界の真ん中」で堂々と生きていることが、とても誇らしい38歳の俺。

 

 

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