我が家の前の交差点が「歩車分離式」になりました。

先日、我が家の前の交差点が「歩車分離式」になった。事実としてはこれだけのことだが、ここに至るまでに様々な出来事に触れ、見聞きしてきた。今回は、そんな中から思う話を一つ。

 

 

 

今年の3月、近所の小学生の女の子が我が家の前の交差点で亡くなった。子供用の自転車に乗って親と横断歩道を横断中に、左折の大型車に巻き込まれたのだという。

 

・地図

 

ここは交通量が多いが住宅地も多い地域。この場所を親子、或いは子供だけで横断するのはごく普通の日常。そんな中でこの事故は起きた。時間はちょうど5時半。3月なので、相当暗い。亡くなった子供と親御さんは本当に気の毒だったが、運転手も不運だったとしか思えない。

この場所は以前にも重大な事故が起きていて、一部はその頃に歩車分離式になったらしい。(と地元の人に聞いた。僕が多摩市に移住する前の話らしい)

ここに移住してからも、何度か背筋が凍る場面を見てきた。かくいう僕も、稲城方面から永山に抜ける左折の商用車に、僕の前を移動していた子供もろとも巻き込まれそうになったことがある。(これも冬の夕方だったから、照明等、ドライバーの視認性の確保には問題があるのかもしれない)

 

 

とにかく、そういう場所だった。

 

 

事故後、地元の一般市民たちが動いた。それは、あの事故を目の当たりにし、同じような年頃の子供を持つ父兄たちだった。毎週末のように駅前で「歩車分離式信号導入」の署名運動を行い、地元の自治会や集合住宅の管理組合、企業、商店なども加わり、その数は2万筆にも及んだという。それが地元自治体や警察、交通機関を運営する会社などを動かし、東京都などに強く働きかける原動力となった。今年の4月、導入されることが決定し、10月に完全導入。市民たちの「思い」は現実になった。

 

 

歩車分離式になってから、毎朝この場所を安全に渡れるようになった。左折車に気を払うこともなく。二日酔いの僕も、嫁も、近所の小学生も中学生もおっさんもおねいさんも、誰もが。100%はあり得ないにしろ、今後あの日のような不幸な出来事は起こりにくくなった。

 

「歩車分離式信号が導入された」という事実を端的に言い表せば、言葉の通り。しかしながら、それが無いために起きた事故と、その被害者、加害者。命が失われ、誰しもが不幸な傷を負った。「もしも」があるのなら、あの子は今でも学校に通っていただろう。家族も悲しい思いとは無縁だっただろう。運転していた運転手にも未来があり、家族があり、仕事があった。だけど、どれだけ悔やんでも時間が戻る事はない。おびただしい数の悲しみや不幸がこの交差点を通り過ぎて行った。

 

埒もなく思う。「歩車分離式」にするだけで、この事故が防げてたとしたら?

時間の流れにifはタブーだと思いつつも、つい考えてしまう。

そして、強く思う。他の場所もできる限り安全に変わっていって欲しいと。

 

 

事故の日から、あの場所には花が絶えない。

僕も毎朝毎晩心の中で手を合わせながら歩いている。

悲しい出来事がもう起きない事を願いつつ。

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