好きだぜ、この曲⑨〜Comin’ Home(DEEP PURPLE)

なんとなくはじまったこのシリーズも数えて9回目。

今回はタイトルでも書いたDEEP PURPLEの「Comin’ Home」。

僕がDEEP PURPLEを最も熱心に聴いていた18歳頃。奮発して入手した3枚組ベストの中に3曲だけ収録されていた。所謂「第4期」と言われる時期。リッチー・ブラックモアが抜けて、後釜にトミー・ボーリンというギタリストを迎えて制作されたアルバム「Come taste the band」に収録されているのだという。

リッチーよりも軽やかで、フレーズもカッコいい。一発で魅せられた。その後、トミー・ボーリンが参加しているアルバムやソロ作を探して回ることになる。

その頃出会った彼のソロアルバム「Teaser」は今も愛聴している。

「Comin’ Home」聴いてから広がった世界が大きい。様々なきっかけになった、とても大事な曲。


好きだぜ、この曲⑧〜Black Sabbath(Black Sabbath)

 

俺が高校2年頃の事。DEEP PURPLEにすっかりのめり込み、リッチー・ブラックモアを神と崇め、様式派への傾倒を深めていた時代。DEEP PURPLEを「抜けていた」イアン・ギランが参加していたというバンドに興味を示す。そのバンドが「Black Sabbath」。

地元のCD屋さんにはベスト盤しか無かったけど、まあ手始めということで購入して聴いた。その一曲目がタイトルチューンの「Black Sabbath」。

初めての印象は「気持ち悪い音楽」だった。それまで自分が経験したことの無い、得体のしれないものに触れる感じ。それが、一度聴いてなんか気になりまた聴いて、そしてまた聴いて…段々ハマっていった。

中毒性のある音楽っていうものがある、ということが理解できた体験だった。それから時を経ずしてオジー・オズボーンのソロ作への投資額が増えたのは、言うまでもない。

 


好きだぜ、この曲⑦〜Baba O’Riley(The Who)

 

上村も祐介も俺も好き。メンバー全員で共通している数少ない嗜好。この曲は、多分それぞれの「好き」があるから、俺バージョンという感じで。

The Whoについては高校生の頃に「Who’s Next」を買ったが、なんのことか分からなくてしばらく放置した思い出がある。

時間を経て聴いて、俺の音楽の嗜好を激変させたのが、この「Baba O’Riley」。

圧倒的な瑞々しさ、透明感、暴力的なビート。イントロのドラムの入るところだけで感無量。今じゃ本当に好きな曲。

オリンピックの閉会式でも演ってたね、The Who。キースもジョンもこの世にはなく、ピートもロジャーも年を取ったけど、やっぱりカッコよかった。アルバムに入っている「Baba O’Riley」の瑞々しさを感じた。あの朝はちびった。

いつか富士山の山頂でご来光見ながら聴きたいと思っている曲。

 


好きだぜ、この曲⑤〜チャイコフスキー「大序曲『1812年』」

チャイコフスキーさんの作品。「ナポレオンのロシア侵攻撃退」をテーマにした曲。

曲中、フランス国家とロシア国家が交互に繰り返されるのは「戦闘」をイメージしているらしい。終盤ぶっ放される大砲は、本当に「大砲(cannon)」と譜面にあるとか。

クラシックの作曲家、ぶっ飛んでいる。原曲に忠実にやろうとすると、こうなる。

武器だけど、この時だけは楽器。人を傷つける道具が楽しませる道具になっちゃう。

もっと大砲ばかすかぶっ放してるバージョンもあるみたいなので、興味のある人は是非。

 


好きだぜ、この曲④〜DEEP PURPLE「LAZY」

「DEEP PURPLE」という名前を聴いて「Smoke on the water」しか思い浮かばなかった時代。

何気無く手に取った「Live in Japan」は天啓だった。

DEEP PURPLEというバンドの本質的な魅力は「ライブ」にあることを思い知らされた。

その中で俺が一番好きなのが、この「LAZY」。

今は亡きジョン・ロードのオルガンと、リッチー・ブラックモアの壮絶なソロ合戦とイアン・ギランの歌、イアン・ペイスとロジャー・グローヴァーの鉄壁のグルーヴ。

皆、イキイキとプレイしている。不仲説とか色々あるけど、やっぱり最高にかっこいいバンド。

LAZY、大好きな曲。今聴いても、どきどきする。


好きだぜこの曲③〜TOMOVSKY「SKIP」

出会いは4年前。Theピーズを知ったのと同じthe pillowsの「Born in the 60’s」DVDから。あの作品、何気にターニングポイント。the pillowsは偉大。

「なんにもしてない癖に 無敵になってた」

「できないことは無くなった 通り過ぎた」

「できないことは無くなった SKIPボタンを押したんだ」

「順応ってなんだ?それ本当に必要なのか?

気まずい空気を吸い続ける努力が 報われた歴史を僕は知らない」

とにかく、この曲の中で印象的な部分を列挙してみる。

初めて聴いた時のショック(そう、ショック)は今でも鮮烈。

この曲を聴いて「優しい」と思う人もいるんだろうけど、俺はそう思わない。

気になったら何回も聴いてくれると、とても嬉しい。

 


好きだぜ、この曲②〜 BUDDY HOLLY「Peggy Sue」by 石井祐介

 

15年前に初めて聴いた時の衝撃は

今も全く変わらない。

大好きです。

 

 

 


世界の真ん中 – THE BLUE HEARTS

久しぶりの連日更新。突然の新コーナー、「好きな曲」シリーズ第一回!

このコーナーでは、俺たちの誰かが「好きだぜこの曲」っていうのを語ります。

ということで第一回は

「世界の真ん中」(THE BLUE HEARTS)

 

 

「世界の真ん中」は、このアルバムの中で俺が一番好きな曲。出会いは13歳。当時仲の良かった友人のS君に教わった。

S君はヤンキーだった。対する俺は、普通の中学生。だが、不思議とウマがあって、良く二人でふらふらしてた。変な髪型のガキと普通のガキ。ミスマッチな二人。彼はヤンキーだから喧嘩もする。けど、暴れた後に後悔しているのを何度となく見た。人を傷つけてしまう自分に自己嫌悪を催す。凶暴な自分と繊細な自分が混沌としている男だった。

そんな奴がある時貸してくれたのがTHE BLUE HEARTSの「THE BLUE HEARTS」。彼曰く「すっげぇいいよ、何度も泣いた。俺の宝物だ。割ったら殺す」(最後の一言さえ無ければいいことを言ったのに、という感想を持ったのはいうまでもない)ということなので、早速家で聴いた。

S君の言うことは、間違っていなかった。「音楽で泣く」という経験ははじめてだった。あっという間に好きになって何度もリピートした。その度に、感動した。中でも何度も聴いたのが「世界の真ん中」だった。

まだ曲がどうとかそういう聴き方できない時期だったから、歌詞・言葉がダイレクトに響いた。

 

朝の光が 待てなくて 眠れない夜もあった
朝の光が 待てなくて 間違った事もやった
僕が生まれた所が世界の片隅なのか
誰の上にだって お日様は昇るんだ
川の流れの激しさに 足元がふるえている
燃える炎の厳しさに 足元がふるえている
僕が今見ているのが世界の片隅なのか
いくら捜したって そんな所はない
うまくいかない時 死にたい時もある
世界のまん中で生きてゆくためには
生きるという事に 命をかけてみたい
歴史が始まる前 人はケダモノだった

 

朝の光が待てない自分。生きる意味とか考えてもよく分からない自分。とにかくデカすぎる世界を何となく感じる時。狂おしい時代。13歳の俺。25年経ったけどよく覚えている。この歌聴いて、自分の心みたいなものが沸騰した。うぉおってなった。世界がオールカラーになったように感じた。聴くと今でもそうなる。刻まれている。

 

俺、ここからはじまった。音楽大好きになった。んで今でも色んなの手当たり次第聴いている。最高の出会い。

 

力強い歌。強烈な衝動。興味があれば是非。

 

 

 

 

 

 

※以下こぼれ話。

S君とは中学卒業後、疎遠になる。彼は中学出て早々に勤めて忙しくしてた。でも、地元の駅前とかでたまに会うと「おお」とか「よお」と話す。お互い、昔からあんまり喋らない。結婚して子供もいるらしい。昔と変わらない照れ臭そうな笑顔。そしてとても良い「男」の顔。彼が「世界の真ん中」で堂々と生きていることが、とても誇らしい38歳の俺。