紫色の夏

今まで出会ったミュージシャン・バンドに影響を受けてきた中で、自分が最も熱心に探求したバンド、「ディープパープル」のお話。暑い夏にはHR/HMがよく似合う。
ディープパープルにハマったのは17歳くらい。それまで聴いてたブルーハーツやユニコーンとは異なる激しいロックを求めていた頃だった。元々母が好きで、ベスト盤も我が家にあったことから、割とすんなり入れた。
しかし、良さは最初はちっとも分からない。それまで歌詞に依存した聴き方しかしていなかったから、英語のよくわから無い歌はとっつけなかった。もっと言うと、ギターの上手い下手とか、グルーヴみたいなものも体得してはいなかったから、良さは99パーセントも理解できていなかった。
それでも、何十回も聴いた。自分の音楽的な世界を広げるため必要な「努力」だと思って、良いと感じるまで繰り返し繰り返し聴いた。
そしてある日、ついに「その時」がきた。目から火花が出るかと思うような体験。「スピードキング」って、第二期ディープパープル(Vo:イアン・ギラン、B:ロジャー・グローヴァー、Key:ジョン・ロード、G:リッチー・ブラックモア、Dr:イアン・ペイス)の曲中、キーボードとギターの掛け合いソロからギランのシャウト、というかスクリーミングが入ったあたりで、「おおおおおおおおおおおおおおお」という言葉?とともに感じた!このバンドの良さ!何コレ?ヤバい!ていうか、スゴイ!
このとき、本当にディープパープルが好きになった。
さてそれからの僕は、ディープパープルが関連する作品を買い集め、ディープパープルの良さをもっと理解するための、いわゆる探求作業に没頭するようになる。
今ならiTunesとかYouTube使うとこですが、当時はそんなの無いから、足を使った捜査。場所はもっぱら御茶ノ水とか、池袋とかの中古レコード店。オリジナルアルバム、ベスト盤、ディープパープルの影響を受けた(とされる)ミュージシャン(例、イングヴェイ・マルムスティーン、ドッケン等の「様式派」)とか、メンバーのルーツ(ジミヘン、ジミー・スミス、バッハ等)、メンバーのソロ・脱退後のバンド(キャプテンビヨンド、レインボー、ホワイトスネイク、ギラン等)、同じ時代でシノギを削ったブラックサバス、果てはファイアボールの収録の時にドラムを貸した(とされる)ザ・フー。
新たな知識をくれる伊藤政則は神だった。顔は大江千里と区別が付かなかったけど。(革ジャン着てれば伊藤政則、着てなければ大江千里)
それでも当時はヒーローだった(笑)

ディープパープル及びそのメンバーが参加しているものは、それがブートだろうが買った。中には聴けた状態じゃないものも結構あったけど、ひとつひとつの出会いが自分の音楽世界を豊かにしている実感が伴っていて幸せな時期だった。
ベースがカッコいい!と思えたのはグレン・ヒューズ(ディープパープル第三期のベース&ボーカル)のベースを耳にしたことからだったし、それが「弾きたい」に変わるまでは時間はかからなかった。
そのうち、ザ・フーやジミヘンが好きになったり、聴くよりも弾く方に自分の重心がシフトしていくにつれて、ディープパープルはあんまり聴かなくなっていった。
でも、聴くとやっぱりカッコいい。今でも強く思う。
理不尽なくらいメンバーチェンジが多くて、ちょっとづつやってることが変わるファン泣かせな面もあるが、まあそれも今となれば味と感じる。
今もスティーヴ・モーズなのかな?武道館で見たよ。すごいギタリストだった。
ジョン・ロードはもうこの世にいないけど、彼がいなかったら僕はきっと音楽にも楽器にも目覚めなかったかもしれない。
リッチーは、いつかディープパープルに復帰するのだろうか。イアン・ギランは年取ったけど、カッコいいオヤジだった。第五期の裏でやってたソロ作はどっちも最高でしたよ。(特にネイキッドサンダー)
ロッド・エヴァンスやニック・シンパーはどこでどうしてるのだろう。トミー・ボーリンにはもっと永く生きて欲しかった。
ライブなんて曲が長くてナンボ。スペーストラッキンにマンドレイクルート足して25分やるのはロックというよりも狂気に近いけど、それがエンターテイメントになるのがディープパープル。抜群の演奏力と即興の引き出しの多さ。ライブ盤だと破壊力が増す(物凄く減ることもある)稀有なバンド。
同じことをやりたいとは思わないけど、同じようなテンションや技量は追い求めてやまない。ヴードゥ・ダック・スターズも、ライブバンドと呼ばれたい。
ディープパープルは、やっぱりカッコいい。バンドとしてのあり方はともかく、本当に熱いバンドなのだ。

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