1/24 TOMOVSKY(バンドトモフ)@Club Lizard Yokohama

「リザードのトモフはちょっと別物」と僕は思っている。

それは、ここで観るトモフが「いつもとなんだか違う」から。O-WESTで観るバンドトモフはもちろん最高なんだけど、リザードのトモフは、それに輪をかけて最高。どういう精神的な作用が働くのか観ているだけの側には分からない。キャパ?ステージと客席の近さ?様々な要因があるのだと想像する。昨年ここで観たライブも最高だった。

 

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さて、1/24のバンドトモフ。結論を先に言うとやっぱり「最高」以外にはない。

トモフのライブは、いつも「単なる音楽のライブ」とは感じない。音楽は当然素晴らしいのだが、「音楽以外のお楽しみ」において何が飛び出すか分からない。ある時は部屋着でライブをやっていたこともあった。またある時は、小綺麗な格好で出てきたものの、やり難い!と言って着替えたり、不規則なMC、兄・大木温之氏(ベース、from theピーズ)との絡み・・・毎回毎回、音楽以外のお楽しみはいつも盛りだくさん。顎が外れるほど笑せた後に「SKIP」で泣かせにかかったりと、オーディエンスの感情を忙しく動かし続ける。

 

この1/24は、それがいつも以上だった。

 

中でもClub Lizardのステージと客席のある間の「柵」によじ登ったはいいが、降りられなくてお客さんの手を借りるトモフの姿は、この日のライブの全てを物語っている「事案」だったと思う。そして何と言っても・・・トモフがキツネサイン(BABYMETALにおける独特のハンドシグナル、リンク参照)を返してくれたこと。1/10のBABYMETALの余韻も冷めてない時期だったので、ついついやってしまったが、トモフが目ざとく見つけて返してくれた。もう、これは・・・僕はどうしたらいいんだろう・・ってくらいの気持ちでした。あの、憧れのトモフが、あのキツネサインを・・・偶然かもしれないけど、トモフの心の広さも相まって、一人感極まる瞬間でした・・・

 

バンドトモフは演奏も良いが、この部分においても、いつも以上だった気がする。特にクメムラさんのドラムは過去最高にタイトで堅実な印象。そして何と言っても大木温之氏のベースプレイ。この日も絶好調でブリブリとグルーヴを出していた。「秒針SKA」「都合のいいジャンプ」「我に返るスキマを埋めろ」「無計画という名の壮大な計画」あたりのベースプレイは、グルーヴの「見本」とも言えるくらい、圧巻のプレイだった。痺れました・・

 

ライブ終盤、トモフ自身が少し感極まっているように見えたのは気のせいかな?そういうトモフを、僕はついぞ見たことがない。そのくらい、この日のライブには何か特別なものが宿っている気がした。やっぱり「リザードのトモフはちょっと別物」なのかもしれない。とんでもないライブだった。

ライブ後は、本人の了承のもと、パチリ。

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49歳。少なくとも3時間、29曲を歌い続けた「鉄人」には見えない。(奥は、兄の大木温之氏)

また忘れ得ぬ一夜になった。

 

【セットリスト】

1.横浜の49歳

2.文句いわない

3.ワルクナイヨワクナイ

4.スピード

5.最高の錯覚

6.秒針SKA

7.骨

8.人間

9.ほうき

10.タイクツカラ

11.過去のドレイだ生きた化石だ

12.両想い

13.長すぎる冬

14.星ラップ

15.カンチガイの海

16.GO!GO!GO!

17.乗れ!

18.都合のいいジャンプ

19.人生へ無限だ

20.世界は終ってなかった

21.我に返るスキマを埋めろ

22.たりる

アンコール

23.SKIP

24.こころ動け

25.無計画という名の壮大な計画

26.映画の中

27.ほめてよ

28.脳

29.スポンジマン~歌う49歳

 

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好きだぜ、この曲⑦〜Baba O’Riley(The Who)

 

上村も祐介も俺も好き。メンバー全員で共通している数少ない嗜好。この曲は、多分それぞれの「好き」があるから、俺バージョンという感じで。

The Whoについては高校生の頃に「Who’s Next」を買ったが、なんのことか分からなくてしばらく放置した思い出がある。

時間を経て聴いて、俺の音楽の嗜好を激変させたのが、この「Baba O’Riley」。

圧倒的な瑞々しさ、透明感、暴力的なビート。イントロのドラムの入るところだけで感無量。今じゃ本当に好きな曲。

オリンピックの閉会式でも演ってたね、The Who。キースもジョンもこの世にはなく、ピートもロジャーも年を取ったけど、やっぱりカッコよかった。アルバムに入っている「Baba O’Riley」の瑞々しさを感じた。あの朝はちびった。

いつか富士山の山頂でご来光見ながら聴きたいと思っている曲。

 


世界の真ん中 – THE BLUE HEARTS

久しぶりの連日更新。突然の新コーナー、「好きな曲」シリーズ第一回!

このコーナーでは、俺たちの誰かが「好きだぜこの曲」っていうのを語ります。

ということで第一回は

「世界の真ん中」(THE BLUE HEARTS)

 

 

「世界の真ん中」は、このアルバムの中で俺が一番好きな曲。出会いは13歳。当時仲の良かった友人のS君に教わった。

S君はヤンキーだった。対する俺は、普通の中学生。だが、不思議とウマがあって、良く二人でふらふらしてた。変な髪型のガキと普通のガキ。ミスマッチな二人。彼はヤンキーだから喧嘩もする。けど、暴れた後に後悔しているのを何度となく見た。人を傷つけてしまう自分に自己嫌悪を催す。凶暴な自分と繊細な自分が混沌としている男だった。

そんな奴がある時貸してくれたのがTHE BLUE HEARTSの「THE BLUE HEARTS」。彼曰く「すっげぇいいよ、何度も泣いた。俺の宝物だ。割ったら殺す」(最後の一言さえ無ければいいことを言ったのに、という感想を持ったのはいうまでもない)ということなので、早速家で聴いた。

S君の言うことは、間違っていなかった。「音楽で泣く」という経験ははじめてだった。あっという間に好きになって何度もリピートした。その度に、感動した。中でも何度も聴いたのが「世界の真ん中」だった。

まだ曲がどうとかそういう聴き方できない時期だったから、歌詞・言葉がダイレクトに響いた。

 

朝の光が 待てなくて 眠れない夜もあった
朝の光が 待てなくて 間違った事もやった
僕が生まれた所が世界の片隅なのか
誰の上にだって お日様は昇るんだ
川の流れの激しさに 足元がふるえている
燃える炎の厳しさに 足元がふるえている
僕が今見ているのが世界の片隅なのか
いくら捜したって そんな所はない
うまくいかない時 死にたい時もある
世界のまん中で生きてゆくためには
生きるという事に 命をかけてみたい
歴史が始まる前 人はケダモノだった

 

朝の光が待てない自分。生きる意味とか考えてもよく分からない自分。とにかくデカすぎる世界を何となく感じる時。狂おしい時代。13歳の俺。25年経ったけどよく覚えている。この歌聴いて、自分の心みたいなものが沸騰した。うぉおってなった。世界がオールカラーになったように感じた。聴くと今でもそうなる。刻まれている。

 

俺、ここからはじまった。音楽大好きになった。んで今でも色んなの手当たり次第聴いている。最高の出会い。

 

力強い歌。強烈な衝動。興味があれば是非。

 

 

 

 

 

 

※以下こぼれ話。

S君とは中学卒業後、疎遠になる。彼は中学出て早々に勤めて忙しくしてた。でも、地元の駅前とかでたまに会うと「おお」とか「よお」と話す。お互い、昔からあんまり喋らない。結婚して子供もいるらしい。昔と変わらない照れ臭そうな笑顔。そしてとても良い「男」の顔。彼が「世界の真ん中」で堂々と生きていることが、とても誇らしい38歳の俺。

 

 


憧憬(Theピーズ)

先日観に行った「Theピーズ」のライブのお話。昔からやってるバンド。もう27年?世の中「バンドブーム」。その頃からやってるバンド。

付き合いはまだ浅い。かれこれ4年。the pillowsの”Born in The ’60s Tour”のDVDが初見。酔っ払った男がよれよれベース弾きながら歌ってた。「トドメを派手にくれ」「実験4号」「焼きめし」。

 

撃ち抜かれた。かっこよかった。やられまくった。なんでこのバンド、俺今まで知らなかった気分。その頃色々あって俺の気持ち落ち込みムードで音楽とかベースに前向きに取り組めなかった時期。一気に終わった。(同じ衝撃は同DVDのTOMOVSKYからも受けた。大木兄弟恐るべし)

以来、年1回か2回ペースで観に行っている。野音の25周年も行った。酒臭かった、面白かった。

んで、こないだ観に行った時の話。

今年の春先と同じ渋谷のクアトロ。渋谷苦手だけど、クアトロはいいハコ。

外の張り紙には「ソールドアウト」の文字。

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Twitterでやり取りしてた方と「ソールドアウトは景気が良くていい」なんて話をしてた。本当にそう思う。

俺、ライブ前(観るのもやるもの共通して)は、酒飲まない、実は。やる側としてはプレイに影響出るからなんだけど、観る側としては酒飲むと尿近くなって、いいとこ見逃したりする。それが嫌で、ライブ前は酒禁止。でもこの日は少しだけ飲みたくなって、影響の薄そうなのを入れた。ジャックダニエルのコーラ割り。

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こいつをちびりちびりやりながらTwitter気にしながら、開演を待つ。空いているうちに物販で新譜とタオルもGET。無駄な動きなし。

 

そんなこんなで、開演。Theピーズは「パンク」ってことになってるから、お客さんのノリもすごい。最前は「おしくらまんじゅう」状態。俺はそこには入らず、PA前で心の対話。崇高な儀式。

言い忘れたけど、Theピーズはベース&ボーカルの大木温之(以下、はる)さん、ドラムの佐藤シンイチロウさん、ギターの安孫子義一さんの3人組。レベル全然違うけど、俺たちと同じ編成。刺激受ける。同じベースだから、はるさんのプレイは意識して観る。ドラムやギター、歌との関わりとかめちゃ観る聴く。鳥肌畑状態。音も好き。ある時はブリブリ、ある時はグリグリ、そしてまたある時はぐいんぐいん。そこにギターがキュイーンだったりジャギーんだったりする。佐藤シンイチロウさんのドラムも、the pillowsと少し違う、所謂熱いロック仕様。分厚くて心地よいグルーヴ。

曲も最高。芯から優しくて激しいロックンロール。曲で笑ったり、涙ぐんだりふわふわしたり、トロピかったり、その辺もう自由自在。

 

そんなショーがほぼ2時間半。27年やってるベテランと思えないタフネス。最高の空間、場所、空気。夢心地。時間あっという間。

 

帰り道、耳鳴り。京王線、ぼーっとする。寒い。

 

Theピーズ、結成から10年で活動休止。5年休んで、再開して12年目。波乱万丈すぎる道のり。重なる、理想の姿。

好きになってよかった。一生もの。これからもよろしく!

 

 

 


my home

先日、小学校時代からの友人S君に会いに、上板橋に行く。約30年住んだ町だ。

待ち合わせ時間の連絡に齟齬があり、僕の側に時間ができたので、子どもの頃に遊んだ場所などを訪ね歩いてみる。

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子どもの頃から、佇んでいる人型の人。今も佇んでいた。

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かつて「三好電機(だったか)」があった場所。今はもう無いみたい。ドラクエなどを買った思い出。

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かつて遊んだ「若木原公園」。僕らが「クッパの城」と呼んでいた構造物は、まだあった。

たいして広い場所でも無いのに野球やったり・・・近所の皆さんゴメンナサイな記憶。

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左はかつてのラーメン屋。9年前はやってたが、廃業したのか?右は電機屋さん。ここは小学校中学校で同級生だったK君の実家。数年前に見かけたから、いるかな?と思ったが、会えず。自作中と思われるパソコンが店内に何台か置いてあった。昔からとてつもなく頭のいい奴だったが、相変わらずなのかも知れない。

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青春のイトーヨーカドー。

巣鴨の時はそんなに遠くなかったから、敢えて行く事もなかった場所ばっかり。「あれ?こんなに狭かったっけ?」という、あの感覚をはじめて味わう事ができた。

S君とも無事に会えた。何年ぶりか忘れるくらいだったけど、時間など無関係に酒を飲み、肉を喰らい、酒を飲んだ。生きていれば、何があってもまたこうやって会って話せる。久しぶりにとてもいい酒だった。

 

 


今日の多摩川

昨日は千葉の匝瑳や亀有などを所用で移動。流石にへばったので、今日はオフ。

朝から録り貯めたテレビや時代劇、プロ野球などを見て過ごす。

夕方、少し散歩で近隣を歩く。我が家の目の前の大栗川周辺について、これまであまり探索もしていなかったので、川に沿って歩いて、多摩川を軽く遡り、我が家に戻るというルート。

かなり色んな生き物や風景があって楽しい。

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多分、アオサギ。この辺はサギが多い。このサギの近くでは、近所に住む親子が釣りをしていた。

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少し分かりにくいかな?ハグロトンボの群れ。この辺ではかなり見られる。

薮の中からはキリギリスの声。樹上からは蝉しぐれ。8月も夕方ともなると秋の気配。

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少し歩いて多摩川。近くのグラウンドではボーイズリーグの試合をやってた。しばらく見入ってしまう熱戦だった。そのすぐ近くの繁みでは、どっかのバンドがMVの撮影をしてた。だだっ広い割に、とても賑やか。遠くを見ると都庁やスカイツリーの姿が視認できた。

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少し日が落ちたの図。この後、近くのコンビニであずきバーを買って帰宅しました。

所要時間1時間ちょいの散歩でしたが、面白かった。

 


嵐の夜に

今夜の雨にちなんだお話をひとつ。思い出話。

 

1年くらい前の今夜みたいな嵐の日、我が家の近所のセントラルパーク(一般的には染井霊園)に雷一閃。

轟音と灼熱した空気、漂うイオンの香りで近所に落雷したのはわかったけど、セントラルパークの墓石に落雷したのかなあ、くらいでその夜は終わった。

 

 

・・・・と思った夜半。聞き慣れないズルズルズルズルという音で目が覚めた。午前2時前後だったと思う。異音の正体を確かめに、僕は下の階に降りてみた。

 

異音は目の前の6番街からだった。目の前を、見慣れぬ風体の「何か」が歩いていた。その「何か」は、明らかに人の形はしてるものの、歩き方はひどくぎこちなく、歩む度に苦しそうなうめき声をあげる。

 

そこへ一人の見知らぬ女性が通りかかった。やおら、「何か」が存在を嗅ぎ付けたかのような素早い動きを見せる。「何か」は飢えていたのだ。そして「何か」の欲していたのは、あろうことか「人間」だった。女性はすぐに異様に気がついて逃げようとした。だが、「何か」の欲望の方がその速度に勝った。女性は「何か』の群れに捕まってしまった。

寝起きの僕の目に、その光景はまざまざと映しだされた。それは「行為」というには生々しく、血なまぐさい。「何か」が欲望を満たした跡には何も残ってはいなかった。女性はその痕跡すら残ってはいなかった。

立ちすくむ僕を、「何か」が見据えた。どうやらまだ空腹の連中がいるようだ。僕は一目散に部屋に逃げた。そしてチェーンを扉にし、ありったけの家具で居間を固めた。どこからともなく散弾銃が転げ落ちた。僕は腹を決めた。この危機に対して、雄々しく立ち向かう。そう心に決めた。「何か」は何者かわからないが、落雷の影響で目を覚ました何かなんだろう。こんなおぞましい存在は、一刻も早く消し去らねばならない。怯えと勇気がないまぜになった心のうちを整理していた。立ち向かう力を呼び覚ますため。

だが、「何か」は容赦しなかった。奴らは欲望を満たそうと部屋に押し寄せてきたのだった。

奴らの力は恐ろしく、扉も窓もすぐに破壊されてしまった。いつの間にか目を覚ました嫁が、愛用のガトリングガンで応戦する。僕も、散弾銃の引き金を引く。奴らは次々醜い肉片に変わる。

そんな戦闘がしばらく続いたが、如何せんただの民家。ガトリングガンと散弾銃の弾丸は尽き、止むなく個別的な方法で戦闘を続行していた。嫁のマグナムは恐ろしく的確で、無駄弾ひとつ撃たず目的を遂げていた。が、さすがに奴らも数が多い。ついに防衛戦は突破されてしまった。

奴らの狙いは、肉が多い僕。食いたければ食うがいい、自爆してやる!と思ったが早く、「何か」のおぞましい手が僕の頸動脈に伸びた。鈍い痛みが首に走った。そして、経験したことのない感覚が僕を襲った。すぐに気がついた。「血が吸われている」

老人だ。吸っているのは。枯れ木の様な腕を懸命に伸ばし、虚ろな瞳に恍惚の感情を浮かべている。

 

 

 

と、思うや否や老人の顔がどんどん若返っていく。

 

 

やばい、このままでは命を吸い尽くされてしまう。だが、老人の力は強く、振りほどくことができない。外を見たら、紫色の雲が棚引いていた。言い尽くされた台詞だが、最後に見たものが太陽なんていやだ!と心でつぶやいた矢先。

太陽の光に当たった奴らは次々砂になっていった。まさか、本当に奴らの弱点は太陽だった。無数にいた「何か」はいつの間にか雲散霧消した。

僕らは生き残った。

 

 

あの日のことは、決して忘れることはないでしょう。恐ろしい夜の出来事でした。

 

 

 

※一部フィクションが含まれています。